Forestal Conciencia

緑に囲まれたサロンで安らぎませんか。アクセスバーズ®・ボディヒーリングサロン@札幌

13 2016

【その人生は、誰の人生?】

札幌市西区で、アクセス・コンシャスネス®のセッションとクラスをしています。
詳しくは ☆こちら

今朝、ふいに思いついて
 
部屋に張り紙をしてみた。
 
 
【その人生は、だれの人生?】
 
 
大きく紙に書いて。
 
 
 
 
 
これまで繰り返し、じぶんの過去を悔んできた。
 
 
そして、もっと一生懸命生きなくちゃ。
 
 
悔いの残らないように生きなくちゃ。
 
 
 
そんなふうにじぶんのお尻をたたいたりもしてきた。
 
 
 
だけど、たぶん
 
 
悔いの残らない人生にしよう
 
 
と、思っているうちは
 
 
死ぬときに悔いが残ることだろうよ。
 
 
 
 
じゃぁ、どんなふうに生きればいいのさ?!
 
って話。
 
 
 
なんだか今朝、それが掴めそうな気がした。
 
 
それで、すぐに書いたのが
 
 
【その人生は、だれの人生?】
 
 
という言葉。
 
 

とにかく、常にこれを意識していることだと、思う。

 
 
 
よく、シェアされている深良い系のお話に
 
 
患者が死ぬ間際に想うこと
 
 
として看護師さんが綴っているんだけど

 
 
あそこにはさ、
 
 
「もっとあれをやっておけばよかった」
  
 
みたいな悔みごとが出てくるよね。
 
 
で、みなさんは後悔しないように今を生きましょう
 
 

みないな括りになってて。
 

 

  
悔いの残らない人生を生きようとしている人って
 
 
 
「後悔しないように、やりたいことをどんどんやらなくちゃ」
 
 
みたいに思ってると思うけど
 
 
 
わたしはそうは思わなくなったよ。 
 
 
 
 
たぶんね
 
 
「後悔しないように、○○しなくちゃ」
 
 
って思いながら何かに取り組んでる人って
 
 
 
その時点で後悔する人生を選択しちゃってるんだよ。
 
 
 
前提が「後悔する」になってるもん。
 
 
 
 
後悔しない人生っていうのは
 
 
 
やりたいいろんなことに手を出したりするような
 
そういうもの「だけ」じゃないと思うんだ。
 
 
 
人によっては、あらゆるやりたいことをやりまくることが
 
 
魂の目的かもしれないしね。
 
 
でも、そういう人は

「後悔しないために」 
 
やっちゃいないよ、最初から。
 
 
 
 
悔いの残らない人生にしたいなら
 
 
 
ただ、じぶんを生きることだと思う。
 
 
目の前にあることをただ粛々と、あるいは一生懸命に
 
心を込めてやっていく。 
 

 
それが、お金になろうがなるまいが
 
なんか意味があろうがあるまいが
 
誰かの役に立とうが立つまいが
 
 
「意味」なんかよくって
 
ただ、それをやるじぶんを心で感じ、身体で感じて
 
やり切ることじゃないか。
 
うまく伝えきれないけど
 
たぶんそういったようなものなんじゃないかと思う。
 
 
 
だからこその
 
【その人生は、だれの人生?】 
 
だったの。 
 
 
他人の目を意識したり
 
評価を気にしたり
 
意味や価値を考えたり
 
他人のしていることを羨んだり
 
他人の作った価値観でじぶんを測ったり
 
そういうことをしていることこそ
 
 
わたしは後悔するな、と思ったんだ。
 
 
 
たとえば
 
現代のこの世界は1%の選ばれた人たちのために存在していて
 
あとの99%は奴隷同然だ、なんて考え方もある。 
 
 
ここで
 
「奴隷なんていやだ~!」
 
って思ったあなた!(笑)
 
 
すでにじぶんは
 
「奴隷」だって認めちゃってるよ、それ。
 
 
 
そんな誰か知らん人が作った価値観の枠に入る必要なんかないし。
 
 
 
以前のわたしは手慰み的な趣味とか嫌いだったんだ。
 
 
お金にも経歴にもならない、くらいに思ってたこともある。 
 
ひー、寒すぎる!わたし。。。
 
 
 
 
だけどね、そんな手慰みが大好きで
 
これさえやってれば幸せって感じるんだとしたら
 
 
こんなに素晴らしいことってないよね。
 
 
今のわたしはそういうものを持っている人が
 
むしろ羨望の的(笑)
 
 
 
そういうものをいかにたくさん見つけるか、みたいなことが
 
人生を豊かにしていくんだと思う。 
 
 
 
それを上手にお金という価値に換えられる人と
 
そうでない人がいるというだけで。
 
 
そして、お金に換えられなくても、べつにそれが悪いわけでもないし
 
お金に換えることだって悪いことじゃない。
 

 
ただ、理由もなし、なんの価値もなかったとしても
 
じぶんがただただやりたいことがある。
 
 
それにただただ打ち込めるじぶんがいる。
 
 
こういうのがじぶんを生きているということであり
 
 
(どうしても死ぬときに後悔したくないというのなら)
 
粛々とそれをやることなんだよね。
 
 

わたしもこうして、ブログを書くのは
 
仕事だからやってるわけじゃなく
 
書くのが好きだから書いてる。
 
 
こういうブログを書くのに今は、
 
いいとこ30分、じっくり時間掛けても1時間くらいで書きあげる。
 
 
翌日に持ち越したり
 
タイミングを伺ってから投稿したりとかもしてない。
 
 
まさにとって出し!(笑)
 
 
だから1日に4つくらい書く日もあれば、
 
何も湧いて来なかったら
 
何日も書かない。
 
 
 
 
好きなように好きなペースでやってる。
 

わたし、ごくたまにしか外に遊びに行かないし
 
どちらかといえば、引きこもり。
 
 
無理に友だちを作らなくちゃ、なんて思ったこともあったけど
 
今は引きこもりでいいや、って思えるようになった。 
 
 
それが心地いいからね。
 
 
 
実経験が少ないし、本も読まない、テレビも観ない
 
 
 
なんにもしてない人みたいだけど(いや、ホントにしてないかも)
 
だからってわたしは後悔するだろうか。
 

 
SNS上で派手に演出されてるような
 
一泊ん十万のスイートルームに泊まっておいたほうがよかったかな。
 
超高級なお料理を、みんなして食べにいったほうがよかったかな。

欲しかったものを買い尽くした方がよかったかな。
 
 
 
わたし、父が亡くなったときにひとつだけ後悔したことがあった。
 
父には一度は伝えた。
 
「育ててくれてありがとう」って。
 
父と和解したときに電話で。
 
 
 
でも、もう一回、直接伝えたかった。
 
そしてギューってハグしたかった。
 
 
でも、どうしてもできなかった。
 
 
わたし自身が死ぬときに、もし悔むことがあるとしたら
 

こういうことなんだろうと思う。
 
 
 
だから、息子にも夫にも、まだ生きている母にも

 
「気持ちを伝える」 
 

 
これだけで、じゅうぶんな気がする。
 
 
生きてる意味はひとそれぞれに違うだろうけど
 
 
生きてることに、とくに意味なんてない、といまのわたしは思ってる。 
 
 
 
だけど生きることは大事なことで、
 
ホントにホントに「感じる」ことだけが
 
 
わたしたちが生きてることを実感させてくれる。
 
 

 
だから、感じたことを言葉で伝えることが大事だって思うんだ。
 
 
だって、わたしが感じたことは、表現しない限り
 
誰にもわからないんだ。
 
 
いや、親子や夫婦なら感じることはできるけど
 
 
父に言葉で伝えたかったように
 
 
 
「伝える」っていう行為も、とっても大事なように思う。
 
 
 
わたしにとっての悔いの残らない生き方というのは
 
こういう感じ。
 
 
 
【その人生は、だれの人生?】
 
 
ついつい他人のしていることに目を奪われるじぶんに
 
いつも問いかけたい。
 
  ブログランキング・にほんブログ村へ

ブログランキングに参加しています。
ポチっとお願いします♡


スポンサーリンク

0 Comments

Leave a comment