Forestal Conciencia

緑に囲まれたサロンで安らぎませんか。アクセスバーズ®・ボディヒーリングサロン@札幌

12 2017

【 わたしの学習障害 母ちゃんも発達障害シリーズ 】

札幌市西区で、アクセス・コンシャスネス®のセッションとクラスをしています。
詳しくは ☆こちら

こんにちは。
札幌のアクセス・バーズ、ボディヒーリングサロン
Forestal Conciencia 山下佳代です。

実家に帰省していた数日前に、
再確認してしまった
わたしの学習障害について書いておこうと思います。

以前から何度か書いてる気がするけれど、
わたしは字を読むことが子どもの頃から苦手です。

書いてあることの意味が理解できなくて、
テストの点数を落とした経験については以前にも書きました。

字を読むことに関して、
わたしにとって最大の問題は

読むスピードが遅い

ということ。


読書が好きな実家の母と、
なぜだか読書の話題になり、

字を読むのが苦手なんだ、と
たぶん初めて母に話したのです。

いったいどう苦手なのかというと、

黙読でも、音読スピード以上では読めないのです。
音読スピードと言っても、
学校の授業で教科書を読むくらいのスピードです(^^ゞ

なぜなら、そのくらいのスピードで頭の中で音読しないと

意味を理解できない

からなんです。


文章が意味を成さない
のです。


「字を目で追えば、早く読めるのよ」と

東京ー京都間の新幹線で
文庫本一冊を読み終えて時間が余る母は言います。

ちなみに父が長らく単身赴任していたので、
母は新幹線で父の赴任先に行くたびに
文庫本を買って読んでいたため、
何百冊だかの文庫本が実家にはありました。

わたしなんて、
がんばってもその5倍以上の時間が掛かります。
いや、10倍以上かな(^^;

読むのに時間を取られてもどかしいし、
子どもの頃から読書は大嫌いでした。

小学校時代に完読した本はたぶん数冊。
図書室で借りる本はもっぱら字の少ない
図鑑系ばかり。

母に、
「頭の中で音読しないでただ目で追うよ。見るのよ。」

そう言われてやってみるも、

ただの文字の羅列

としか認識できないのでした。
そう、ただの意味をなさない文字の羅列。

頭の中で音読して初めて、
意味のある言葉として理解できるのです。

夫も本を読むのが早いので

「どうしてそんなに早く読めるの?」と
何度か聞いたことがありました。

だから、
わたしは音読スピード以上で読めず、
ほかの人はそうではないことも知っていました。

だけど、今回は
母に根ほり葉ほり、
どんなふうに文字を認知しているのか
聞いてみたわけです。

そしたら、頭の中で声に出してない、って言うじゃないですか!
それでも意味が理解できる、って言うじゃないですか!

母がしているのはどうやら
視読
というもののようです。

ネットで調べてみると、訓練すればできる
って書いてあるけれど。

そうなんだろうか。
それならちょっと意識してみようかな。

わたしの場合は
何度も読み返さないと文章の意味を理解できないこともあるし、
なんらかの認知的な特性があるのだろうと。

このことについて気が付いたのも近年のこと。

こういった特性って、
じぶんにとって当たり前なので
こういうもんだ、と思って
他人との違いに気づかないことが多いのですよね。

今回初めて母にも話して

「そうだったの、知らなかった。」

と何か少しショックを隠せない
といった感じに母はなっていました。

もっと本が早く読めたら・・・
そう思うし、

人前で
たとえば何かの契約のときなんかに
これを読んでサインしてください
って契約書を差し出されたとき

読むのがめっちゃ遅いから、
すごくコンプレックス感じたり。

あとね、
「この文章、要約してくれる?」
って上司に資料3枚くらい渡されて、
それを1枚に要約する、とか
めっちゃ時間掛かるし(笑)

それ適材適所じゃないからw


わたしは漠然と
「こんなんでこんなんで、こういう感じのものを作って~」
とかイメージを言ってもらって
それを形にするほうが得意。


あぁ、そうだ。
自閉症の子の就職の話から
この話になっていったんだった。


それから
認知的な特性という話では

わたしはテスト勉強はすべて口に出して音読、でした。
そうすることで、
何ページのどこに何が書いてあるかを丸暗記できる。

テストの答えは

「あー、これは23ページの右上のあの辺に書いてあったやつだ」

って、記憶の引き出しをあけると
答えの図とか文字が、視覚的に頭に浮かんでくるんです。

これは
インプットは視覚情報を聴覚から

そして
蓄積とアウトプットは視覚から

ということなんですね。

なのでね、
「いい国作ろう鎌倉幕府」

っていう語呂合わせ暗記法はわたしには不向きなの。
これ系、ホントにぜんぜん覚えられなくて(笑)

だって、これのどこにも年号の視覚情報が入ってないから!


認知的な特性で
勉強法も変わる
ということなんですよね。

わたしはじぶんなりの勉強法に気づいてから
格段に成績が上がりました。

だけど、要は丸暗記だから
応用が利かなかったなー(笑)

そんなわけで、
わたしには文字理解に関する学習障害があるらしい
ということです。

ちなみに、
頭の中の情報を、
ブログや手書きするのは得意なのだけど
直接、口に出して話すというのが苦手だなぁ。
これも、アウトプットが
視覚情報に頼っていることと関係あるかも。



もし、お子さんで、本を読むのが遅い子がいたら
急かさないであげてくださいね。

読めるものなら、もっと早く読んでますから。

一部の人たちは、速読の練習とかしたかもしれませんが、
学校で視読を教えてくれるわけじゃないし、

でもわたしの母や夫のように、
習わなくても視読できたり、視読かどうかわからないけど
早く読める人がいるのはたしかなのです。

わたしもね、これから努力でどこまでカバーできるか
今更ながらトライしてみようかな。
アクセスのツールも使ってやってみようと思います!


学習障害や認知的な特性ってね、

本人にとって当たり前だから
なかなか気づきにくい

ということなんです。

だからね、
学習障害に気づいた子ども本人が

「ぼくってバカなの?」

って、先生やお母さんに質問をしてくるわけです。

もちろん、バカなんかじゃない。


しかしこれ、
ものの見かたにおいても言えることですよね。

じぶんにとって当たり前のことが
他人にとっても当たり前とは限らない。

家族の中では当たり前のことも
よその家族では非常識だったりすることも。

そして、それは単に「違い」
でしかない、ということでもあるのですね。

その「違い」を知り、認める。

じぶんについても、
子どもに対しても
他人に対しても、

そうありたいな、と
母との会話から改めて思いました。

とくにじぶんについて、は
コンプレックスや苦手意識から抜け出すためにも
知り、認めることは
大事なプロセスだと思います。

何もこれは
言い訳にして、甘んじる。
そういうことではないのです。

どちらを選ぶかは、ただの選択ではありますけどね。


そうそう
最近、書籍の音読サービスというのがありますね。
わたしのような読書障害の人には、
とてもありがたいサービスです。

一時、試しに利用していました。
やっぱり音読は頭に入ってくるんですよ。
ただ、読みたい(?)本がまだ少ないので
これからに期待ですね♪

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