Forestal Conciencia

緑に囲まれたサロンで安らぎませんか。アクセスバーズ®・ボディヒーリングサロン@札幌

27 2017

【 なんでも食べる身体の喜び 】

札幌市西区で、アクセス・コンシャスネス®のセッションとクラスをしています。
詳しくは ☆こちら

こんにちは。
札幌のアクセス・バーズ®、ボディプロセスファシリテーター
Forestal Conciencia 山下佳代です。


なんのジャッジメントもなしに、
身体が欲するものをなんでも食べたとしたら
どうなると思う?

そんなことをしたら身体を悪くする?

多くの人はそう考えるんじゃないかな。
以前のわたしもそうだった。


十年以上前に勤めていた職場で、頻繁にじんましんが出るようになって
わたしは添加物が原因ではないか、ということに端を発し
食べ物を制限するようになっていった。

今思えば、じんましんの原因が添加物であるかどうかは定かではなく、
電磁波の蔓延した環境、仕事上のストレス、生来の生きづらさ
挙げたらキリなく思いつく。

この現実では
人は原因を特定し、その原因を取り除くことで違う結果を得ようとする。


だけど、そのやり方はどのくらいうまくいっただろう。


退職して、住みたい場所に移住してストレスが激減したら
じんましんは出なくなった。

だけど、

添加物→じんましん

という式が、すでにわたしのなかで出来上がってしまっていて
さらに妊娠という新たな添加物回避要因ができたために

ますます添加物をはじめとする食品への偏見=ジャッジメントが強くなっていった。

スーパーにはわたしの買えるものはほとんどなくなってしまい、
ノイローゼになった。

この手のノイローゼは、
食品に対してなんらかの偏見を持っている人なら
軽重あれど、経験しているんじゃないかな。


そして、やむを得ずそれを買って食べたときの罪悪感。
毒を食すような気分。
外食の恐怖。
 ・
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 ・


たぶん、放射能汚染に関して、これを経験した人は多いだろうとも思う。


最初は添加物に対して持っていたジャッジメントはやがて


なんでこんなものを店に置くんだ!
まして生協さんがこんなもの売っていいのか?(笑)

というお店に対するジャッジメントを生み、


なんでこんなものをメーカーは作るんだ!

というメーカーへのジャッジメントを生み、


みんなが買うからこんなものがまかり通るんだ!
行政が許可しているからこんなものがまかり通るんだ!

という人々と社会へのジャッジメントを生み、



もうそれは果てしなくどこまでもジャッジメントを生み続けてくことになる。



それはやがて、安全な食べ物を探してさまよう旅へと続いていく。

○○は身体によくない。
○○が身体にいい。
○○な食べ方をすると健康になる。


などなど、これも挙げたらキリがない。



そして、その食べ物、食べ方に執着した末にあるのは



それ以外を食べてしまったときの罪悪感。
毒を食す気分。
ほかの食べ方に対するジャッジメント。
スピリチュアリティへの依存。
 ・
 ・
 ・


ますますじぶんを縛り、狭い世界へ閉じ込めていく。
ネガティブなジャッジメントから
ポジティブなジャッジメントに移行したに過ぎないから無理もない。


だからと言って、ジャッジすること、偏見を持つことが悪いわけでもない。
それはそれぞれの人の選択なので、ジャッジしたければしてもいい。

だけど、ひとつ言えることは、
そのジャッジがあることで、

じぶんを縛り、
じぶんをアンハッピーにさせているとしたら?

それすらもそれでよければお好きにどうぞだ。



わたしはそれに気づいたとき
もうやめよう、と強く思った。

だけど、それをやめるのは、なかなか難しかった。



経験のある人はわかると思うけど
食にまつわる呪縛は本当に強くて
そもそも呪縛したのはじぶんなのに
それをとくのが難しい。


それには理由があって

何が安全なのか、
何を選んだらいいのか、


じぶんで判断ができないから


なんだよね。




わたしがそこから出られたのは

アクセス・コンシャスネスに出会って、

身体との繋がりを取り戻し始めたから。



身体は自身のことをすべてわかっているから
欲しいものがわかっていて、
それを本当はわたしたちにいつも伝えてくれているのだけど
わたしたちが気づいてないだけ。


わたしはそれに気づき始めたことで
何を選べばいいかわかるようになったし

みんなが怖がるものが、
じぶんにとって怖いわけではないし

みんなが必要と言っているものが、
わたしにとって必須でないこともわかってきた。



なぜなら身体にはジャッジメントがないから。
だから、ときに

はぁぁぁぁ?これ?


っていうものを指定してくることもある(笑)


だけどね、それを選んだ結果は
予想以上の満足なの!



こんな素晴らしいことってないよね♪



だから最初の質問の

なんのジャッジメントもなしに、
身体が欲するものをなんでも食べたとしたら
どうなると思う?


身体は喜び、わたしも喜ぶ!





それから、
健康に気を使っている人は多いけれど

ときどき、

健康でいることが良いこと。
健康でいるべき。
健康でないと幸せになれない。

というところまで思い詰めている人を見かける。


わたしは健康も食べ物と同じで
特定のものの見かたを持つと、じぶんを縛って
ときに苦しめられることになるんじゃないかと思う。


病気があっても幸せで、人生を楽しんでる人もいるし
生まれたときから健康とは言えない状態で生まれてきても
人生を楽しんでいる人はいくらでもいる。

健康であることばかりに気を取られて

「じぶんを健康から遠ざける」と思しきものをジャッジし排除するとしたら

それが健康的な人生、楽しい人生とは、わたしは思わないな。

もちろん、人それぞれで、
健康であることが幸せの前提であってもいい。



だいたい、健康ってなんだろう。



わたしは、人生を楽しみ、幸せであるための

身体と心の状態

ではないかな、と思っている。



だから、それを侵してまで
疾患や不調が何ひとつないという意味での『健康』を目指すのは
本末転倒だと思うんだ。


これはわたしのものの見かた。


身体の不調を、身体と繋がりを取り戻すことで
身体の声として受け取ることができるとしたらどうでしょう。

アクセスのボディプロセスを使うことで
まったく別の身体の現実を手に入れられるとしたらどうでしょう。


何を選ぶのもそれぞれの人の自由だけれど
わたしは、ジャッジメントを基にして選ぶことをやめたことで
とても自由に楽しく、身体と食べ、暮らすことができるようになってきたよ♪


アクセスで、身体と一緒にいることをもっと楽しんでみませんか♡


161006


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